moki34H さんの日記
2013
1月
7
(月)
23:40
本文
岩佐特派員からのキナバル同行レポートが入りました!!
↓ ↓ ↓ ↓ ↓
◆出発から帰国まで◆
12月28日 新千歳空港出発
12月29日 マレーシア・ボルネオ島コタキナバルに到着
12月30日 10時に標高約1800mの登山口を出発
約6時間をかけて3300m付近の山小屋へ到着
危険な場所はありませんでしたが、ひたすら岩場や段差がある階段を登り続けました。
12月31日 午前1時30分起床
午前2時30分に山小屋を出発
山頂までは暗闇の中、ヘッドライトを頼りに、ロープを伝って登る危険な場所などもあり、
声を掛け合いながら山頂を目指しました。
午前6時前にキナバル山の山頂付近に到達
酸素の薄さから頭痛など軽度の高山病の症状を訴える部員もいました。
日の出を待って(実際は順番待ちもあり)もうひと踏ん張り。
午前6時過ぎ、キナバル山(4095m)の山頂に、部員7名と及川先生全員登頂、輔仁会の旗を掲げました。
天候は山頂付近は晴天でした(下界は雲海)が、気温は非常に低く、水たまりは氷が張っていました。
その後下山を開始し、14時過ぎに登山口に戻ってきました。
1月1日 夜の便で日本へ
1月2日 13時に新千歳空港に無事に戻ってきました。
*** 出発から数日しかたっていないのに、部員はみんなは少し大人の顔になって帰ってきました ***
◆帰 国◆
岳部一同は、無事13時過ぎに新千歳空港に到着、父母の迎えの中、解散し各自帰路につきました。
(父母の皆さんからは丁重なお礼の言葉がありました)
登山計画は、28日から今日(1月2日)まで、軽い高度障害で山頂で嘔吐するもの、山小屋で頭痛するもの、滑って擦り傷程度のケガはありましたが、盗難にあうなどトラブルも含めて大きな問題はなく、実施されたことを報告致します。
後は、生徒の当活動のまとめと報告となります。
登頂の写真は先生はまだ登頂していない時の私のカメラによるものです。
なお、道新の写真は先生が登頂後、先生のカメラで撮影しました。
まずは、簡単なご報告まで。(岩佐)
///☆ 西誕百年 ☆///
↓ ↓ ↓ ↓ ↓
◆出発から帰国まで◆
12月28日 新千歳空港出発
12月29日 マレーシア・ボルネオ島コタキナバルに到着
12月30日 10時に標高約1800mの登山口を出発
約6時間をかけて3300m付近の山小屋へ到着
危険な場所はありませんでしたが、ひたすら岩場や段差がある階段を登り続けました。
12月31日 午前1時30分起床
午前2時30分に山小屋を出発
山頂までは暗闇の中、ヘッドライトを頼りに、ロープを伝って登る危険な場所などもあり、
声を掛け合いながら山頂を目指しました。
午前6時前にキナバル山の山頂付近に到達
酸素の薄さから頭痛など軽度の高山病の症状を訴える部員もいました。
日の出を待って(実際は順番待ちもあり)もうひと踏ん張り。
午前6時過ぎ、キナバル山(4095m)の山頂に、部員7名と及川先生全員登頂、輔仁会の旗を掲げました。
天候は山頂付近は晴天でした(下界は雲海)が、気温は非常に低く、水たまりは氷が張っていました。
その後下山を開始し、14時過ぎに登山口に戻ってきました。
1月1日 夜の便で日本へ
1月2日 13時に新千歳空港に無事に戻ってきました。
*** 出発から数日しかたっていないのに、部員はみんなは少し大人の顔になって帰ってきました ***
◆帰 国◆
岳部一同は、無事13時過ぎに新千歳空港に到着、父母の迎えの中、解散し各自帰路につきました。
(父母の皆さんからは丁重なお礼の言葉がありました)
登山計画は、28日から今日(1月2日)まで、軽い高度障害で山頂で嘔吐するもの、山小屋で頭痛するもの、滑って擦り傷程度のケガはありましたが、盗難にあうなどトラブルも含めて大きな問題はなく、実施されたことを報告致します。
後は、生徒の当活動のまとめと報告となります。
登頂の写真は先生はまだ登頂していない時の私のカメラによるものです。
なお、道新の写真は先生が登頂後、先生のカメラで撮影しました。
まずは、簡単なご報告まで。(岩佐)
///☆ 西誕百年 ☆///
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